2013年3月1日金曜日

【5】★ローマ人の物語32~34 迷走する帝国(新潮文庫)

三世紀の危機の要因
・帝国指導者層の質の劣化
・蛮族の侵入の激化
・経済力の衰退
・知識人階級の知力の減退
・キリスト教の台頭

ローマ帝国の衰退の原因の一部となった3世紀の二つの法律を紹介したい

◆皇帝カラカラ(在位211~217)のアントニヌス勅令
ローマ帝国の社会の層は、皇帝-元老院階級-騎士階級-一般階級-解放奴隷-奴隷というように細分化されていた。細分化が可能であったのは、民主政体をとっていないローマでは、市民全員の平等の維持に気を使う必要がなかった。だが、この階級の細分化が、異分子の導入を促進させる結果になった。なぜなら、各階層の流動性さえ機能していれば、同質社会よりも異質社会のほうが風通しを良くするには都合がよい。他国人のような異分子に対しても、まずは最後列に並んでください、その後の前進はあくまでもあなた次第と言えるからである。それを皇帝カラカラは一変させてしまった。「アントニヌス勅令」と呼ばれた法律で、ローマ帝国内に住む自由な身の人々全員にもれなくローマ市民権を与えると定めた。紀元4世紀以前のローマ帝国の政策に賛成したことのないキリスト教会だが、この法律だけは、人道的であったと誉めている。だが、これによる影響は、ヒューマンな法と誉めていられないほど大きなものになる。
まず第一に、従来のローマ市民権所有者から、帝国の柱は自分たちだという気概を失わせた。
第二に、新たにローマ市民の列に加わった旧属州民からは、向上心や競争の気概を失わせた。
第三だが、これこそがカラカラ帝の意図を裏切る結果であったことと思うが、ローマ市民に格上げされたはずの旧属州民なのに、積極的に帝国を背負う意気を一向に示さなかった。現代の投票時の棄権率の高さも、これを実証する一例になるだろう。
第四は、属州民とローマ市民の境を撤廃したことで、ローマ社会の特質でもあった流動性を失わせてしまった。
最後に、奴隷や下層市民に生まれた人には上昇の機会が断たれることとなる。
カラカラによって、ローマ市民権は長く維持してきたその魅力を失ったのである。魅力を感じなくなれば、市民権に付随する義務感も責任感も感じなくなる。そしてそれは、多民族多文化多宗教の帝国ローマが立っていた、基盤に亀裂を生じさせることにつながった。誰でも持っているということは、誰も持っていないと同じことなのだ。
(上・28-51p)

◆皇帝ガリエヌス(在位253~268)の法律
ガリエヌスが立案し成立させた法の中で後世の評価が一致して悪いのは、「元老院」と「軍隊」の完全分離を定めた法である。元老院議員を、ローマ軍の将官クラスから、完全に排除することを決めた法であった。
なぜこのような政策を、ガリエヌスが考え実施したかはわからない。苦境の打開に奔走する皇帝に元老院が協力しようとしないのに腹を立てたからだという説がある。また、もはや常態と化している蛮族の来襲を迎え撃つには軍事のプロしか通用せず、安全な首都ローマの元老院で演説の草稿を練るしか能のない元老院議員は、戦場では役に立たなくなったからだ、とする説もある。おそらく、二説とも正しいのであろう。
元老院議員たちは、自分たちを軍務からしめ出すこの法に賛成票を投じたのである。
兵士を率いて敵陣に突撃する一個中隊の隊長ならば、政治とは何たるかを知らなくても立派に職務は果たせる。しかし、軍務とは何たるかを知らないでは、政治は絶対に行えない。軍人は政治を理解していなくてもかまわないが、政治家は軍事を理解しないでは政治は行えない。
ギボンの昔から現代に至るまでのローマ史の専門家による、このガリエヌスの法に対する批判を一言でまとめれば、力に関与しなくなれば統治力も失われる、である。軍務と政務を完全分離したことによる人材形成面での弊害も、その後のローマにもたらした影響は大きかったと信ずる。なぜなら、ガリエヌスの後に排出してくる軍人皇帝たちを見ても、軍人としての能力では優れているにもかかわらず、政治家ではなかった。この事実が実証するように、以後のローマ帝国は、軍事もわかる政治家、政治も分かる軍人を産まなくなってしまう。これもまた、ローマの非ローマ化、の一つであるのだった。
(下・36-40p)




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